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Sweet Davy

最愛のデイビーとの思い出と生きる


by Davymama
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3月の記憶と。。18回目の月命日 自分に向けて書いてみる



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朝ごはんの後。。
食後のコーヒータイム
時間は。。。6時半
朝日がまぶしいリビングルーム。。思い出すなぁ、、この光景。。。


2年前の3月。。夫の出勤前。毎朝忙しかった
朝5時に起き・・デイビーを抱っこして外に連れ出す
おしっこをさせて。。それを紙コップに取る(おしっこの管理は重要)
帰ってデイビーの体重を計る
(前夜の補液がどれくらい落ちているかを計測するため。。。)
そして朝ご飯
その一時間後

ここダイニングテーブルにお布団を敷き
デイビーを寝せる

スタンド式の洗濯干しを点滴スタンド代わりにし。。
500ミリリットル入る補液の袋を下げ・・・
消毒綿を使い管の上を補液袋にさし。。管の先には針を装着
これは毎回交換。。ばい菌が入らないようにと。。慎重に慎重に


デイビーの背中を消毒し。。
夫がデイビーを支え。。
私がデイビーの背に針を刺す。。
10分くらいかけてデイビーの皮下に水分を入れる
張りつめた緊張の時間

鮮明によみがえる苦しい記憶・・
忘れたいけど忘れられない


この補液。。
デイビーの退院後は毎日2回病院に通い先生に補液の注射をしてもらっていた
だけど。。
日に2回通うのが大変
で。。
先生の方からお家でできるのでその方向でした方が良いでしょう
長くなればなるほど大変ですから。。と言われ
何度か病院で練習させてもらって自宅で行うことにした


終わった後は。。デイビーにご褒美をあげ
私たちは。。上の写真のようにコーヒーを飲みながら
6時半には朝日が差していること。。あ~もう春ね~
こうしてまた春を迎えられたのだわ・・と感慨深かったのだった
2月の腎不全発症の時は一週間ほどしか持たない。。と言われたのだもの

コーヒーを飲んでほっとして。。
そのあと夫は出勤
夜は夫の帰宅を待ち補液


腎不全を発症してしまったデイビーが少しでも楽にいられること。。
それが私たちの強い願い

腎不全の末期は腎臓で毒素を排出できなくなり。。気分が悪くて
食事ができなくなる、、、
それを少しでも緩和するために水分を入れて毒素を薄める。。
完治を目指すわけではなく。。緩和療法
デイビーがお気楽に暮らせることが私たちの願いだったので。。
デイビーにつらい思いをさせるわけにはいかなかった。。
完治に向かうわけではない治療・・
いつか来る日を思うと恐怖が沸き上がった

デイビーにとっても補液は大変だったと思うけど。。
四六時中気持ちの悪さを感じるより。。短い時間の我慢の方が。。と必死で治療をがんばった

そのおかげで。。
デイビーの体調もすこぶるよくなり
補液の頻度は・・
朝だけになり
2日に一回になり
なんと週に一回にまでなったのだった

2年前の今頃。。こんなことを記していた
私の文章・・幸せそうだ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




こんな治療は7か月続いた
3月から7月初めまでは元気で食欲旺盛でいてくれた
この4か月は・・ほんとうに幸せだった。。私たち。。
デイビーがごはんをたくさん食べてくれて。。元気で。。可愛くて。。
このまま治っちゃうんじゃないか・・と思い始めていた

だけど。。
だめだったのだった





いつまでもこんなことを言っていちゃいけない。。うんうん、、わかっちゃいるよ。。の心と
だめだめ。。全然ダメ。。。悲しくてたまんない。。無理無理。。一生悲しいもん。。。の心
その二つの心が日々格闘しているわたし。。。


だけど。。こう考えて自分自身をなだめている

これほど一つの命を心から無条件に愛せたこと・・
その命を最後までちゃんとお世話し看取ってあげられたこと。。
それは私の人生の誇りかもしれない。。









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by Davymama | 2017-03-11 21:13 | デイビー